国内で「令和の米騒動」が囁かれる中、スーパーの棚からコメが消え、価格が上昇している。しかし、農林水産省は「コメの需給は逼迫していない」との見解を示している。このコメ不足の背景には、マスメディアで報じられる原因とは異なる、より構造的な問題が存在するようだ。一方、アジアの主要なコメ生産国であるタイでも、日本とは異なる形の深刻な「コメ危機」が進行している。

「令和の米騒動」その真相

日本のコメ不足の原因として、猛暑による品質低下や、インバウンド消費の増加が挙げられている。確かに2023年産米は、猛暑の影響で「胴割れ粒」や「乳白粒」といった被害粒が増加し、精米段階での歩留まりが低下した。

しかし、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、これらを表層的な理由に過ぎないと指摘する。根本原因は「減反(生産調整)によるコメの生産量減少」であり、「高価格を維持するために農水省はコメの供給量を減らし続けており、わずかな需要増でも不足する事態になっている」と分析する。

事実、2023年産米の作況指数は101と平年を上回ったが、これはあくまで反収(単位面積当たりの収量)の話である。JA農協と農水省が「需要は毎年10万トンずつ減少する」という前提で減反を進めてきた結果、作付面積そのものが減少し、作況指数101にもかかわらず、生産量は前年の670万トンから9万トン減少した。猛暑の影響が語られる以前に、供給量は減反によって意図的に減らされていたのである。

「不作」が利益を生む構造

なぜ農水省とJAは、これほどまでに生産量を減らすのか。それは、コメという商品の経済的特徴にある。コメは生活必需品であり、価格が半分になっても消費量が倍になることはない。逆に、供給がわずかに減少するだけで、消費者は一定量を確保しようとするため価格は高騰する。「豊作貧乏」という言葉とは裏腹に、むしろ「不作のほうが売上高は増加する」のである。

JA農協と農水省は、この経済学を利用し、補助金を出して生産を抑制する減反政策を推進してきた。この政策は、JA農協の組織的利益と密接に結びついている。米価が下がっても、主業農家に直接支払い(政府からの交付金)を行えば農家の所得は守られるが、JA農協にとっては、米価の低下は販売手数料収入の減少に直結する。また、零細な兼業農家が農業をやめれば、JAバンクの預金も減少する。高米価・減反政策は、JAが預金量100兆円を超えるメガバンクへと発展する上で、極めて重要な役割を果たした。

政策が招いた米価高騰と停滞

この減反政策の結果、日本のコメ単収は長期間にわたり停滞した。生産性を高める品種改良はタブー視され、かつては日本の半分だった中国や、同じ水準だったカリフォルニア州の単収(現在は日本の1.6倍)にも追い抜かれるという事態を招いている。

こうした構造的供給不足の中で、コメの取引価格は高騰を続けている。全農と卸売業者の相対取引価格は、この2年間で20%も上昇した。2024年産の早期米(早場米)の概算金(JAが農家に支払う仮払金)に至っては、鹿児島県産コシヒカリで前年比6000円高(31%の上昇)という異常事態となっている。

それにもかかわらず、坂本農林水産大臣は「需給が引き締まっているということで、特段、対応をするというような状況にはない」と述べ、大阪府の吉村洋文知事による備蓄米の放出要請も拒否した。これは、米価の上昇こそが農水省とJAの「成果」であるという認識を示している。

競争力を失うタイのコメ産業

一方、アジアのもう一つの主要なコメ生産国であるタイも、深刻な危機に直面している。タイの米価は日本とは対照的に、国内価格が暴落しているのだ。昨年1トンあたり1万バーツ強だった一般的な白米の籾は、現在8000バーツ以下に下落。高水分の籾に至っては5000~6000バーツで取引され、生産コストを大きく下回っている。

タイの農家の平均生産コストはトン当たり7200~7500バーツであり、ベトナム(約6000バーツ)やインド(約5000バーツ)に比べて著しく高い。さらに、タイの単収はASEANで最も低い水準に留まっている。

タイの研究者は、この競争力低下の原因を、歴代政権が14年間にわたり続けてきたポピュリズム(大衆迎合型)的な補助金政策にあると指摘する。価格介入や所得保証、直接補助金などに1.2兆~1.3兆バーツもの巨費が投じられた結果、農家は技術革新や効率化への意欲を失い、補助金依存の「政策の罠」に陥っている。

躍進するベトナムと改革の道筋

タイが補助金によって停滞している間に、ベトナムは急速な近代化を遂げた。ベトナムは政府による価格介入を行わず、種子の品質改良や生産システムの近代化に継続的に投資。特に、世界の消費トレンドである「軟質米」の開発に注力している。

タイの品種データベースでは軟質米は全体の10~20%(約40種)に過ぎないのに対し、ベトナムは1000を超える品種のうち50%が軟質米であり、単収もライ(タイの面積単位)あたり平均960kgから1.3トンと、タイを圧倒している。

日本の「減反」による人為的な供給不足と高価格、そしてタイの補助金依存による競争力低下と低価格。両国のコメ産業が直面する問題は対照的に見えるが、その根底には、硬直化した政策が産業の発展を阻害しているという共通点がある。両国ともに、農家の生活と国家の食料安全保障を守るため、目先の価格維持や補助金ではなく、根本的な構造改革が急務となっている。