日本製鉄がUSスチール(USS)の買収を提案したことが大きな話題となっています。この動きは、単に米国の鉄鋼市場だけでなく、エネルギー価格が大きな影響を与える可能性がある点が注目されています。

筆者が米国で働いていた際、勤務場所はペンシルバニア州ピッツバーグにある64階建てのUSSビルでした。このビルはシカゴとニューヨークの間では最も高い建物で、USSとその関連企業が上層階を使用していました。筆者も時折、取引のためにエレベーターを乗り換え訪れていたことを思い出します。

米国の企業では一般的に人材の流動性が高いとされていますが、USSやゼネラル・モーターズ(GM)、ゼネラル・エレクトリック(GE)など、歴史のある大企業では、幹部の多くがその企業で長年勤めているケースが多いです。USSも例外ではなく、筆者が時々会っていた幹部は、自分がUSS以外で働いた経験がないことを誇りにしていました。

最近では、米国の伝統的な企業でも外部から最高経営責任者(CEO)を招聘することが増えています。例えば、現在のUSSのCEOであるデビッド・ブリッド氏は、キャタピラーで32年間勤務した後にUSSに移籍しました。こうした例は、米国の企業文化が変わりつつあることを示しているかもしれません。

買収の背景と影響

日本製鉄によるUSスチールの買収提案は、脱炭素化が進む時代において、日本の鉄鋼業界に大きな変化をもたらす可能性があります。特に注目されるのがエネルギー価格の影響です。鉄は「産業の米」とも言われるほど、製造業にとって欠かせない素材であり、その生産には多大なエネルギーが必要です。エネルギーコストが大きく影響するため、価格の変動が業界全体に与えるインパクトは計り知れません。

ピッツバーグにUSSの本社がある理由は、この地域がかつて「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれる鉄鋼業が栄えた地域の中心だったからです。現在では、ピッツバーグは医療や教育産業にシフトし、アメリカでも住みやすい都市として評価されていますが、その鉄鋼業の遺産は今も根強く残っています。

かつてピッツバーグを舞台にした映画「スリーリバーズ」がありましたが、これは地域に流れる3つの川を象徴していました。この川のネットワークは、鉄鉱石や石炭の輸送に重要な役割を果たしており、川沿いには今も製鉄所の跡が残っています。

買収の反対意見とその影響

昨年12月に日本製鉄がUSSの買収を提案し、今年4月にはUSSの株主もこの提案に同意しました。しかし、米国鉄鋼労働組合(USW)はこれに反対しており、バイデン大統領やハリス副大統領、さらにはトランプ前大統領も買収に対して否定的な立場を取っています。

この反対意見の背景には、鉄鋼業界で働く労働者や、多くの有権者の支持を得たいという政治的な思惑があると考えられています